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東日本大震災は、多くの犠牲者と甚大な被害をもたらしました。未だ復興の目途も立たない状況の中、現代人の想像を超える自然の力を想い知らされました。被災国の日本のみならず世界中がエネルギーについて真剣に向き合って考えるきっかけになりそうです。

私は、八ヶ岳山麓周辺に顕著に残る板倉の文化的価値を認めるとともに、縄文よりの先人達が豊富な森林資源と共存してきた歴史の背景にある想いや知恵を検証する先に、今日までの大量消費型社会が生み出した歪みの解消へのヒントが隠れていると考えています。

「くら」は、本来より大切な物を保管する機能を持っています。地域や職業などにより入れるものは異なりますが、季節を通じて温度の変化は少なく、火災や賊災に強い構造になっています。

とりわけ、八ヶ岳山麓周辺に残る「くら」の多くは板倉です。正倉院やログハウスのような構造を持つ『校倉』や、大きな梁で繋がれた柱と柱の間に、角材を落とし込む工法で造られる『落とし板倉』があります。漆喰で塗られていると見分けづらいのですが、中に入ると壁は木材であることが解ります。地域性で豊富な森林資源があったことの成せる業ではありますが、研究者(樋口貴彦氏)の話によると、構造上移築が容易であり、使い回しが頻繁に行われてきているということです。限りある資源を大切にしながら「くら」を建て、中に米や財産を備蓄してきた「もったいない」の精神がそこに見える気がします。

 さて、宮川「くらの会」が活用を開始した『かんてんぐら』は、この地域が寒天業で栄えた昭和初期に、製糸で栄えた岡谷の「繭倉」を移築したものだそうです。3階建のこの倉は、蔵の概念を超える大きな建造物で、外壁(漆喰部)や窓枠など痛みがはげしい割に、中は太い柱と大きな梁それに角材が重なる板壁が広い空間を造り出し、天高くその勇姿を誇っています。さまざまなイベントや会議・教室・クラブ活動などで使っていただき、地域のコミュニティー・まちづくりの拠点(シンボル)としてまちの活性に貢献したいと考えています。

また、駅に続く県道と並行して走る西町線との間200m位にこの規模の寒天倉はここを含めて4つあります。今後、使われていない3つについても活用を考え、地域再構築の柱にしていきたいと思っていますし、八ヶ岳の麓に蔵が集中して残る集落もいくつかあり、観光の資源として活用して残していただきたいと願っています。

最後に、宮川「くらの会」の会では会の趣旨に賛同する人の入会を歓迎します。皆さんからのアイデアをいただく中で活気ある会にしていきたいと考えますので宜しくお願いいたします。

 宮川「くらの会」会長

伊藤 正博

 

宮川くらの会 長野県茅野市宮川4434 TEL.0266-72-9846